3.1 西本願寺の宗派とは?
西本願寺は、浄土真宗本願寺派(じょうどしんしゅう ほんがんじは)の本山です。浄土真宗は、鎌倉時代の僧・親鸞聖人(しんらんしょうにん)によって開かれた仏教の一派で、阿弥陀仏の本願力(他力)によって、誰もが救われるという教えを基本としています。
浄土真宗本願寺派は、親鸞聖人の直弟子・覚如(かくにょ)上人から連綿と続く教団で、現在では日本全国に約1万ヵ寺、信徒数は500万人以上を数えると言われています。宗派の特徴は、勤行(ごんぎょう)や読経を通じて仏の教えに触れ、日常生活の中で感謝の心とともに念仏(南無阿弥陀仏)を称えるという点にあります。
【東本願寺との違い】
よく混同されがちな「東本願寺(ひがしほんがんじ)」とは、宗派が分かれた真宗大谷派の本山です。江戸時代初期、徳川幕府の政策によって本願寺が二派に分裂し、
・西本願寺:本願寺派(現在の浄土真宗本願寺派)
・東本願寺:大谷派(現在の真宗大谷派)
という形になりました。
両寺とも親鸞聖人を宗祖としていますが、教義や法要の進行、堂内の雰囲気にはわずかな違いがあります。観光の際には両方訪れて比較してみるのもおすすめです。
3.2 歴史的背景と建立の経緯
【本願寺の成り立ち】
本願寺の歴史は、鎌倉時代(13世紀初頭)に親鸞聖人が布教を始めたことに始まります。親鸞聖人は京都で生まれ、比叡山での修行を経た後、法然上人から浄土の教えを学びました。その後、念仏を唱えるだけで誰もが救われるという「他力本願」の教えを全国に広めました。
親鸞聖人の没後、弟子たちがその教えを守り、彼の廟所(びょうしょ=墓所)を中心に信徒が集まったことが本願寺の始まりです。
【西本願寺の成立と発展】
・1591年(天正19年):豊臣秀吉が本願寺に寺地を寄進し、現在の堀川七条の地に本願寺を移転。これが西本願寺の起源です。
・1602年(慶長7年):徳川家康が宗教勢力を分裂させる意図で、当時の法主・教如(きょうにょ)に別の寺地を与え、東本願寺が成立。ここから西と東に分かれることになります。
以後、西本願寺は浄土真宗の中心寺院として、戦国時代の混乱や江戸時代の安定を乗り越え、明治・大正・昭和・現代と脈々と教えを受け継いできました。
その歩みの中で、建築・美術・教育など様々な文化的貢献も行っており、現在も全国の信者の心の拠り所として、また京都観光のハイライトとして、多くの人に愛され続けています。